駐日パレスチナ常駐総代表部
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ガザ(Gaza Strip)
 

世界最古の歴史ある町のひとつ、それがガザです。ガザは、何世紀にも渡って侵略者の標的となったほど恵まれた場所に位置する、アラブ・カナン人の町です。交易の重要性は戦略的重要性に比べても勝るとも劣らないもので、これはスパイス、お香、ローズマリーなど東南アジアやアラビア半島から地中海の各都市へ輸出される品々の主な古代交易ルートがガザに通じていたからです。

ガザは18世紀まで塔を備えた7つの町に通じる城壁や門で囲まれていました。それらの門は町の名前にちなんでそれぞれバラケイヤ門(Balakhiya Gate)、ミナス門(Minas Gate)、シー門(Sea Gate)、アシュケロン門(Ashquelon Gate)、へブロン門(Hebron Gate)、モンタール門(Monter Gate)、ダルーム門(Daroum Gate)と呼ばれています。

歴史家のアル・オスタヒリ(Al-Ostakhri) は、ガザはエジプトの砂漠に最も近い最後の都市であると言い、ナポレオンはアフリカの最前線駐屯地かつアジアへの門であると表現しました。

カナンからオスマン時代まで、ガザには様々な時代の遺跡が数多く残っています。美しいビーチやとても人懐っこい地元の人々もガザの特徴です。ガザを訪れた方々は、心に深い印象を持って帰られるでしょう。


• アル・オマリ・グレート・モスク Al-Omari Great Mosque • アル・ケサレイヤ・マーケット Al-Qissariya Market
• カセル・アル・バーシャ Qassr Al Basha • スルタン・アブドゥルハミード噴水 Sultan Abdulhamid Public Fountain
• エル・サイエッド・ハーシェム・モスク El Sayyed Hashem Mosque • アル・ハミディヤ礼拝堂 Al Ahmediya Prayer Corner
• カティーブ・アル・ウィラーヤ・モスク Kateb Al Wilayah Mosque • ギリシャ正教会 The Greek Orthodox Church
• アル・ビン・マラワン・モスク Al Bin Marwan Mosque • 手工芸センター Arts and Crafts Village
• アル・シェジャイヤ Al Shuja’iya • イブン・オスマン・モスク Ibn Othman Mosque
• モザイクの床 Mosaic Floors • アル・バラヘイヤ Al-Balakhiya
• テル・エル・エジュール Tell el-Ejoul • ベイト・ハヌーン Beit Hanoon
• エル・ナセル・モスク El Nassar Mosque • ジャバリア Jabalia
• オマリ・モスク The Omeri Mosque at Jabalia • ローマ・ビザンティン墓地 The Roman Byzantine Cemetary
• ベイト・ラヒヤ Beit Lahaia • ワディ・ガザ Wadi Gaza、ガザ渓谷、The Valley of Gaza
• デル・エル・バラ Deir el Balah • ハーン・ユヌス Khan Younis
• ラファハ Rafah  


• アル・オマリ・グレート・モスク(Al-Omari Great Mosque)

場所:ガザのダウンタウン、オマール・モクタール通り(Omar Mukhtar Street )の終わり.

 美しいミナレットを持つこのモスクは、12世紀に十字軍に建てられたノルマン人の教会でした。最初の古代マルナスの寺院の跡地であるとも言われています。

開館時間:金曜を除く毎日



• アル・ケサレイヤ・マーケット(Al-Qissariya Market)

場所:ガザ旧市街、アル・ダラジ(Al-Daraj) 地区

アル・オマリ・グレート・モスクの南の壁に隣接しているケサレイヤは、その歴史をマムルーク朝時代にまでさかのぼることが出来ます。尖ったアーチ型の屋根に覆われた道で、両側は十字の丸天井に覆われている小さな店が並んでいます。金の売買が盛んなため、ゴールド・マーケットとも呼ばれています。


• カセル・アル・バーシャ(Qassr Al Basha)

場所: ガザ旧市街、アル・ダラジ(Al-Daraj) 地区

マムルーク朝時代から残る2階建ての城です。マムルーク朝およびオスマン時代には、ガザ副官の本部でした。オスマン時代初期にこの地域を所有していたレッドワン一族とも関わりのある建物で、英国の委任統治下では警察として使われていました。

1799年、ナポレオンがエジプトとシリアを攻め入る時にここで3泊したと言われているため、「ナポレオンの要塞」とも呼ばれています。その精密度、強度はもちろんのこと、幾何学模様に加えアル・ダーヘル・ベイバース(Al Thaher Babers、向き合った2匹のライオンの彫刻)など様々な紋様で飾り付けられた正面や、建築学的にも特徴的なドーム、ファン、十字の丸天井など、その美しさにおいても顕著な城です。

矢狭間など防衛の機能にも優れており、狭い入り口は内部で広がって自由に大砲を操れるスペースになっています。


• スルタン・アブドゥルハミード噴水(Sultan Abdulhamid Public Fountain)

場所:ガザ旧市街、アル・ダラジ(Al-Daraj) 地区

オスマン時代には寄付によって建てられた噴水がたくさんありました。それらは人々の水に対する需要に見合うようにと作られたものでした。他の建造物よりも安価に出来たため、当時は200もの噴水があったといいます。

この噴水はベハラーム・ビン・ムスタファ・バーシャ(Behram Bin Mustafa Basha) によって16世紀に作られたものです。1893年にはスルタンであったアブドゥルハミード(Abdulhamid) によって改築されました。2つの石のベンチを両側に備えた尖ったアーチと飲料用のパイプがある人々の休憩場所です。


• エル・サイエッド・ハーシェム・モスク(El Sayyed Hashem Mosque)

場所:ガザ旧市街、アル・ダラジ(Al-Daraj) 地区

ガザの中でも最大かつ最も美しいモスクです。預言者マホメッドの祖父で、隊商の旅の途中にガザで亡くなったハーシェム・ベン・アブドゥルマナフ(Hashem Ben Abudlmanaf) の墓がモスクのドームの下にあると信じられています。


• アル・ハミディヤ礼拝堂(Al Ahmediya Prayer Corner)

場所:ガザ旧市街、アル・ダラジ(Al-Daraj) 地区

1276年にタンタで亡くなったエル・サイエッド・アハマッド・エル・バダウィ(El Sayyed Ahmed El Badawi)の弟子たちが14世紀に作ったものです。内部には6つの尖ったアーチのある多角形の部屋と美しいミフラーブが、円柱に支えられた高いドームには12の窓があります。ホールを覆う丸天井と、この場所の最大の見所である美しい噴水を備えた西のホールのファンが付いた丸天井に加えて6つの丸い三角形が柱を支えています。
外の庭園の隅には美しい大理石の墓標があります。墓標の2つの石の内側は、ポロのスティックを丸くかたどった紋様で装飾されています。


• カティーブ・アル・ウィラーヤ・モスク(Kateb Al Wilayah Mosque)

場所:ガザ旧市街、アル・ザイトゥーン(Al Zaytoon)地区

最も古い部分は1334年のマムルーク朝時代までさかのぼりますが、国の書記官であったアハメッド・ベック(Ahmed Bek)によって増築された西側は、オスマン時代のものです。これがこのモスクが カティーブ・アル・ウィラーヤ(Kateb Al Welaya)と呼ばれる所以です。モスクのミナレットは、ポルフィリウス教会の鐘に隣接しています。


• ギリシャ正教会(The Greek Orthodox Church)

場所:ガザ旧市街、アル・ザイトゥーン(Al Zaytoon)地区

元々は5世紀初頭に建てられたものですが、現存している教会は12世紀の建築物です。教会の形は長方形で、後方半分はドームになった屋根で覆われています。屋根は尖ったアーチを挟む2つの交差する丸天井になっています。入り口は3つあり、西の入り口はアーチを支える大理石の3本の柱があるポルチコがあります。

この教会の最大の特徴は、大理石と御影石の柱と片蓋柱によって水平に支えられた巨大な壁です。420年に亡くなった聖ポルフィリウスの墓は北西の角にあります。1856年には改修工事が行われました。

ガザ旧市街には他にも2つの教会があります:

  1. 1879年にオーストリアの修道士、Herr Got によって建てられたAl Zaytoon 地区にあるカトリック教会
  2. アル・アハリ病院の前身、バプティスト病院のところに1893年に建てられたプロテスタント教会


• アル・ビン・マラワン・モスク(Al Bin Marwan Mosque)

場所:ガザ東壁外、アル・トゥッファーハ(Al Tuffah)地区

女性のための礼拝堂を備えたマムルーク朝時代のモスクで、ガザで最もよく知られたモスクのひとつです。内部にはモロッコからガザに来て住み着き、1314年に亡くなった聖人シェリク・アリ・ビン・マラワン(Sheik Ali bin Marwan)の墓があります。1324年には改修されましたが、教会付近の墓地の墓石は歴史的資料としても重要なものです。


• 手工芸センター(Arts and Crafts Village)

場所:ガザのダウンタウン、市庁舎近く

伝統的なイスラム建築の美しいギャラリーで、刺繍製品、銅製品、陶器などが手に入ります。国内外の著名芸術家たちの作品も展示してあります。


• アル・シェジャイヤ(Al Shuja’iya)

場所:ガザ西部

指導者シャジュー・エルディン・エルクルディ(Shuja’ el-Din el-Kurdi)にちなんで名付けられました。南側はエル・トゥルクマン(el-Torokman)、北側はアル・ジュダイダ(al-Judauda)と呼ばれています。モスクや墓など古い建築物も残っています。


• イブン・オスマン・モスク(Ibn Othman Mosque)

場所:アル・シェジャイヤ・マーケット通り(Al-Shuja’uya Market Street)

マムルーク朝時代の素晴らしい建築様式のため、ガザでもその存在が際立つ最も大きなモスクのひとつです。各部はマムルーク朝時代のいろいろな年代に建てられましたが、ナブルスに生まれ後にガザに来て1402年に生涯を終えたアハメッド・ビン・オスマン(Ahmed bin Othman)によって少しずつ全体が建築されました。


• モザイクの床(Mosaic Floors)

場所:ガザ港近く

動物や鳥などの絵と文字で装飾されたモザイクは、1966年に発掘され、6世紀初頭のものとみられています。1970年代にはフレームの一部を残してイスラエルがこのモザイクの床をイスラエルの博物館に移してしまいました。

書かれている文字は古代ギリシャ語で、
 「508・509年 ガザ暦569のライオンの月
  もっとも聖なる場所にこのモザイクを捧げる
  Izis の息子にして材木商人、Minamos とIzos」と書かれています。


• アル・バラヘイヤ(Al-Balakhiya)

場所:ガザ北部

ギリシャ・ローマ時代にさかのぼる古い港がガザにはあります。ビザンティンの墓地もあり、レンガの壁に囲まれて2本の松と十字架と植物で装飾された墓があります。


• テル・エル・エジュール(Tell el-Ejoul)

場所:ガザ南部

ガザでもっとも重要な考古学現場です。ここにはカナン人の町がありました。1931年から1934年にかけてこの丘を発掘調査した Filinders Paterie は、古代ガザはここにあったと信じています。マラリヤが発生した為人々はこの地を去り、現在のガザの地に移り住んだといわれています。最も重要な発見は幅2.5フィート、高さ50フィートの壁でしょう。自分の馬と共に埋葬された騎手、500フィートにも及ぶトンネル、5つの大きな城なども発見されています。これらの城は古いものでは紀元前3千年にまでさかのぼり、紀元前1580−1350年のエジプトの一族が所有したものもあります。他の城はそれぞれ12、15、16世紀のものです。粘土と銅で出来た壷、金のブレスレット、イヤリング、木製のベッド、コルクの枕など、いろいろなものがここで見つかりました。


• ベイト・ハヌーン(Beit Hanoon) 

場所:ガザ北部

肥沃な土壌と質の良い水で知られた地域です。紀元前8世紀にアッシリアと戦った王、ハヌーンの拠点でした。アイユーブ朝時代のモスクもあり、陶器の破片が今でもあちこちに見られます。

パレスチナ北部の自治区に行く途中でぜひ見ておきたいのは、ベイト・ハヌーンです。ベイト・ハヌーンの東、ウム・エル・ナセル(Um el-Nassar)の丘でアイユーブが十字軍を破り、勝利の記念にモスクを建てました。マムルーク朝時代の郵便局もベイト・ハヌーンに残っています。


• エル・ナセル・モスク(El Nassar Mosque)

アイユーブ朝時代から残る貴重なモスクで、1239年にウム・エル・ナセルでアイユーブ朝が十字軍を破った記念に建てられました。ファンのついた丸天井と中心に位置する低いドームを含む美しい屋根と南側のポルチコ以外は何も残っていません。
ホールは丸い三角形に支えられたドーム型の屋根のある東の部屋で終わっています。礎石はアイユーブの文字で刻まれています。


• ジャバリア(Jabalia)

場所:ガザ北部

肥沃な土壌と柑橘類で有名です。マムルーク朝の支配者でこの土地の所有者であったシンジャール・アルムディン・エル・ジャウル(Sinjer Alamudin el Jawali)が、山間部から来た兵士たちを住まわせるためにモスクを建てるよう計画しました。


• オマリ・モスク(The Omeri Mosque at Jabalia)

ポルチコとミナレット以外には建設当時の面影を伝えるものは残されていません。ポルチコは4本の石の柱に支えられた3つのアーケードで、尖ったアーチがあり、十字の丸天井で覆われています。最近の発掘調査でビザンティン、ローマ時代の墓地、ビザンティン時代の教会のモザイクの床が発見されました。この床には野生の動物、鳥、植物、木々などの絵と文字が描かれています。


• ローマ・ビザンティン墓地(The Roman Byzantine Cemetary)

場所:ジャバリア(Jabalia)

海抜48メートルの、荒い砂に覆われた丘にある墓地です。東に行くにつれ、75メートルまで高くなります。石で出来た貯水池もあり、底は水漏れを防ぐために補修されています。陶器や骨の破片も見られます。頭蓋骨、宝石、陶器、金属、装飾用の石なども埋葬された、様々な墓があります。


• ベイト・ラヒヤ(Beit Lahaia)

場所:ジャバリア北部

ベイト・ラヒヤ(Beit Lahaia)という言葉は元々シリアから来たもので、砂漠あるいは労働を意味します。質の良い水、ベリー、柑橘類で良く知られたところです。古代からの丘と朽ちた村があります。西にあるアイユーブ時代のモスクはミフラーブのみ現存しており、他の2つのモスクはオスマン時代のものです。


• ワディ・ガザ(Wadi Gaza、ガザ渓谷、 The Valley of Gaza)

ガザには渓谷が3つあります。ガザ渓谷はヘブロンに始まって地中海で終わります。南と北を結ぶ橋も新しく架けられました。渓谷の両側には考古学の遺跡もあります。


• デル・エル・バラ(Deir el Balah)

場所:ガザ南13キロ

ビーチとやしの木で知られるこの地域は、最近のガザの南の発掘で、青銅器時代後期の墓地や陶器、墓、銅の壷、モザイクの床などが発見されました。372年には聖へレナによって修道院が建てられました。


• ハーン・ユヌス(Khan Younis)

ガザの南25キロのところにあるハーン・ユヌス(Khan Younis)は、地元の農産物が集まる市場の町です。町の広場に隣接する素晴らしい隊商宿は、エルサレムからメッカに向かう巡礼者たちを護衛する兵士たちの駐屯地として13世紀に建てられた要塞です。この近くで毎週開かれる市は、伝統的な生活を見るには絶好の場所です。


• ラファハ(Rafah)

ガザの南端にあるラファハ(Rafah)はカナン人の町で、ギリシャ人、ローマ人には Rafia と呼ばれていました。古くからのモスク、遺跡、モザイクの床などがあります。ラファハのビーチは非常に美しく、砂丘やナツメヤシの木々があります。

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